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出された食事は食べたいだけ食べてあとは残すべき

出された食事は残さず食べるべきという価値観が根強いように感じられるが、私としては積極的に食事を残すことを推奨したい。

むしろ食事を残さず食べることは悪いことであり、食べ物を無駄にしているだけでなく、食べ物を提供してくれた人たちにも失礼な行為である。

 

以下では特にお店など、金銭の対価で食事というサービスを受け取る場合を想定する。個人的に振る舞われた食事には、贈り物・もてなしであるという側面があるため、考慮すべき項目が増える。そのため、必ずしも残すべきという結論にならないことがあるが、その場合でも以下の主張が無効になるわけではないと考える。

 

【前提】食事の効用は減少する:満腹時にする食事はむしろ苦痛である

まず、食事のメリットを確認する。大きく分けると、栄養の摂取という物理的側面と、味を楽しむことによる精神的快楽という側面に分けられる。食事に伴う社交などは付随的価値としよう。

食事においてもっとも価値が高いのは一口目である。二口目以降、栄養摂取の面からは追加の栄養摂取の価値は相対的に低下していき、また特にカロリーという点においては必要量を超過した場合はそれ以上の摂取は体にとって害ですらある。精神的快楽の面からも、飽き・空腹感の減少による満足感の低下が起こる。なにより、満腹時に食事を口に入れるのは苦痛であるから、ある時点を境に満足度は急激に低下し、負の値となる。

ここでは満腹感が十分精度の良いものと考え、物理面と精神面における満足度は同様の動きを取ると仮定する。つまり、満腹感はこれ以上食事をとっても体にとってあまりメリットがないということを示すアラートだとみなす。

食事においてあまり満腹時の不快感を感じない人間・満腹時にさらに食べることに対する抵抗が少ない人間はこの主張における対象外である。

 

食事は「これ以上はつらい」タイミングで残す

前提を満たす時、食事量が十分多ければ、食事をこれ以上摂取しても得をしないという時点が発生する。「けっこうおなかいっぱいだな、ちょっと多いな」と思うときである。そこで、「残さず食べるべき」派の人間は、

「でも…残すのはもったいないし…」

「作ってくれたひとに申し訳ない…」

と、完食するまで食べる・本当に食べれなくなるギリギリまで食べるという行動を選択する。

なんともったいないことである。

そればかりか、食事の生産者・命をくれた食物たちに対しても失礼だ。

本来は、「お腹いっぱい」と感じた時点で残すのが正しい振る舞いである。

 

食べるたびに不幸になる

上記の状態では、「残さず食べなければ」という根拠のない道徳的な観念によって、苦痛を引き受けつつ完食を目指すという愚行が見られるが、それはつまり食べるたびに不幸せな状態になっているということだ。

ここで「残さず食べるべき」派に聞きたいのは以下のことである。

「食事の生産者が望んでいることは、食事を残さず食べてもらうことだろうか、それとも食事を通してお客さんに幸せになってもらうことだろうか?」

私としては当然後者であると言いたい。美味しく食べてもらう、と言い換えてもいい。顧客の幸せを重視しないということは、売れさえすれば腐っていようが病気もちだろうが売るという精神性である。さすがにこれを多数派とは呼びたくない。

「残さず食べるべき」派は、生産者の意に背いて、幸せから遠ざかることを自ら選択しているのである。食事によって自らを害していると言ってもよい。

生産者からすれば、自分の作った食べ物によって人が不幸になっているのである。

 

「もったいない」 果たして何が?

もう一つ、もったいないという感覚についても、基本的には上記と同じように反論できる。すなわち、食事によって不幸になるならそれこそもったいない、ということである。

残った食事に価値があるというのは、他の人がそれを食べられるか、後で空腹になった自分がそれを食べられる場合にのみ正しい。一人で入った飲食店で頼んだ食事の残りというのは、基本的に無価値であり、持ち帰らないのであれば捨てるのがもっともよい活用方法である。

食事が無駄になるのは残したタイミングではない。食べられない量の食事が注文され、商品として運ばれた時点で残されるべき一定量はすでに無駄になっているのである。無理をして食べるということは無駄を隠蔽し、一見無駄にはならなかったように思えるが、その実あなたは無駄に不幸になっている。

 

それでももったいないという人へ

人に残さず食べろというのは上述の通り無駄であり、理にかなっていない主張である。本当に食べ物を無駄にしたくなかったら、別のアプローチが必要だ。

・過剰な量を頼まないようにする
食べれもしないのに大盛りを頼まない、多そうだと感じたら少なめを頼む、などである。とはいえ、(特に初見の店では)出てくる量がわからないことも多く、また自分が食べれる量というのも案外分からないものだ。心がけ程度にはなるだろうが。

・余ったものは持ち帰るようにする
これは今の飲食店の習慣上かなり厳しいが、習慣が変わればあり得ない姿ではない。もし本当に食事を無駄にしたくないのなら、ぜひ習慣を変えるよう努力してもらいたい。

 

【結論】どうか残してくれ

私はこのような考えから、食べ物は容赦なく残すようにしている。しかしやはり頑張って食べる人も周りには多く、そういう人(特に食べれる量の関係から女性が多い)が無理して食べようとする場面に出会うたび、私はこう思わずにはいられない。

「どうか、無理せず残してくれ…」

もちろん「無理して食べなくてもいいんじゃない」とは言うが、言ってもすぐには残してくれず、頑張って食べたのち、本当に無理な時点でやっと残す。

私には、その頑張りが、その道徳によって生み出されているであろう苦痛が、許せないのである。

 

「残さず食べるべき」という世間の声が少しでも弱まることを期待している。